私たちはなぜ食べ過ぎてしまうのか? 糖尿病、肥満の患者さんの食事療法を指導する際に重要なこと
私たちはなぜ食べ過ぎてしまうのか?
糖尿病、肥満の患者さんの食事療法を指導する際に重要なこと
2型糖尿病や肥満の患者さんは増加する一方です。そしてその治療の基本は食事療法と運動療法です。しかし多くの患者さんでは最初は上手くいっても継続することは非常に困難です。その結果、糖尿病薬が年々増え、HbA1Cとの上昇とイタチごっこになることも日常で、先生方も普段の診療でご苦労されることも多いと思います。それはなぜでしょうか?
肥満で体重が増えたり、2型糖尿病で血糖が上昇すると、私たちはそれを是正しようとします。しかしよく考えてみると、体重増加や血糖上昇は原因ではなく、食べ過ぎ、運動不足の結果です。昨今糖尿病薬の種類はどんどん増え、インスリンを含む注射製剤もたくさんあります。これらを使えば、一時的に血糖を下げることは簡単です。しかし多くの物事はそうですが、結果にだけ介入をしても原因を改善しなければ再発することは目に見えており、実際ほとんどの患者さんはそうなります。それでは2型糖尿病や肥満の原因は何でしょうか?
皆さんはこのようなことはありませんか?「ついアイスクリームを買ってしまう、ポテトチップスを開けたら全部食べてしまった、バイキングに行ったら必ず食べ過ぎてしまう、ストレスで甘いものを食べるのだけが楽しみだ、体重をたまに測ったらびっくりするくらい増えていた。」私たちは無意識のうちについ食べ過ぎてしまいます。それはなぜでしょうか?
私たちはホモ・サピエンスという種です。その祖先は20万前にアフリカで誕生し、その後アフリカから出て世界中に広がっていきました。現代までの大半の期間、私たちは主にサバンナで生活をしていました。そこでは狩猟中心の生活で獲物を得るまで長時間歩き続けなければいけません。その間長期の空腹に耐え、一旦獲物が得られたらたらふく食べて十分蓄える必要があります。そのような状況では栄養価が高い炭水化物(甘いもの)、脂肪、塩分は非常に貴重なものでした。
私たちの遺伝子はそのような環境で進化してきました。すなわち、炭水化物(甘いもの)、脂肪、塩分は、脳の報酬系という神経回路を刺激して非常に美味しく感じ、場合によっては依存するくらい魅力的に感じるようになっているのです。さらにホモ・サピエンスはそのような栄養物を十分脂肪分として体に備蓄しやすい体質を築いてきたのです。
報酬系は中脳の側坐核のドーパミンニューロンがその中心ですが、私たちは報酬系を刺激されると快楽を感じ、それを渇望するようになります。報酬系はいわゆる美味しいものだけではなく、麻薬やアルコール、タバコ、ギャンブル、スマホなどでも活性化されることがわかっており、依存性も生じます。さらにストレスによって報酬系刺激を求めることも明らかになっています。
また狩猟時代には、獲物を得られるまでには10km以上歩いたり走ったりしていたと推測されています。現代と異なって本来私たちは運動せずには食料は得られなかったのです。しかし人間は本能的にいかに効率的に必要なものを得られるか常に計算しています。獲物あたりの労力を最小化する本能を持っています。例えばどうしても食べたいものがある時に、歩いて3分のところにあるコンビニにあるのにわざわざ1時間歩いてスーパーに行ったりしません。そうすると得られるカロリーあたりの必要運動量は必然的に現代社会では激減してしまいます。
そして狩猟時代にはそのように否応無く、10km走り続けてようやく獲物を得るという飢餓に耐える生活をしていたのが、1万2000年前に農耕が発明されて状況が変わりました。トウモロコシ、稲、麦などの食料が備蓄できるようになり炭水化物主体になりました。さらに産業革命後の近代国家では食物が余るようになってきました。今や100mも歩かなくてもコンビニで魅力的なスイーツなどが簡単に手に入ります。しかし私たちの遺伝子は魅力的な炭水化物や脂肪、塩分を大量に摂取しても健康を保つようには変わっていません。炭水化物、脂肪分、塩分が美味しく感じる本能は、それらが非常に希少で手に入りにくい状況の時には上手く機能していましたが、現在のこのような状況で本能の赴くままに食べているとあっという間に肥満、糖尿病、高血圧になってしまうのです。
さらに資本主義、商業主義は欲望を刺激して消費を増やす社会です。政府が大企業を支援して消費を増やそうとする時に、国民を健康的にしようという視点や政策が含まれることはありません。テレビや雑誌のコマーシャルを見ていると、健康には悪いものの報酬系の欲望を刺激するものがたくさんあります。コンビニに入ると報酬系を刺激する美味しそうなものがすぐ目に入るところに置いてあります。よほど意識していないと私たちは容易に資本主義の戦略と欲望の罠に落ち込んでしまいます。
また脳はストレスがかかると甘いものや脂っこいものが食べたくなるようになっています。何かストレスがかかった時に食べ放題に行ってお腹いっぱい食べたり、自分へのご褒美に美味しい(体に悪い)ものを買ってしまった経験は誰でもあると思います。そのような状況において、気がついたら毎日コンビニスイーツを食べていたということになってしまうのです。
それでは私たちはどうしたら良いのでしょうか?まず私たちは無意識的に食べ過ぎていることを自覚することが重要です。その上で「美味しいものを食べ過ぎるのは長期的には体に悪い」と認識して、報酬系を刺激する美味しいものとうまく付き合うことが大切です。健康を考えると炭水化物や脂肪、塩分は少ない量で十分ですが、一方でそのような食事を続けているとストレスが溜まりがちで、すぐに挫折してしまいます。
まず健康を維持できる体重への減量を行います。そこで目標体重に達したら毎日体重を計りながら増えない範囲で美味しいものを楽しむというやり方が長続きします。またコマーシャルを見て欲しくなった時に自分自身を少し離れて見る客観的な視点も必要です。そしてストレスを受けるとつい甘いものなどを食べたくなりますがストレス解消として食べるのではなく、ストレスが溜まったら運動や趣味、瞑想などが健康を維持しながらそれを解消するのに効果的です。さらにそのような生活によって健康が得られるとともに幸福感が増すことがわかっています。このように進化的な視点と本能を含めた私たち自身をより深く理解することが健康につながるのです。
私自身の診療においては2型糖尿病や肥満の患者さんには、当然栄養指導、食事療法、運動療法の指導、実践、必要に応じて薬物療法を行いますが、同時に私たちの身体のこのようなメカニズムがあること説明し理解して頂くよう努めています。そして同時にストレスにいかに上手く対処するかも、一緒に考えていきます。体重が増えてコントロールが悪くなった時には患者さん自身にその原因を考えていただきます。そのような訓練から患者さんが自分の置かれている状況をある程度客観的に見ることができるようになってくると、紆余曲折はあっても主体的に自分の健康について考え、積極的に治療に取り組むようになっていきます。そして患者さん自身がなぜそのような疾患になり、なぜ上手く行っているのか、なぜ上手くいかないのかを一緒に考えながら自覚して頂くことが非常に大切です。