私たちが研究で目指すもの
ヒトを含む総ての生物は誕生後、成長、成熟、老化、死という避けることのできない運命をたどります。この過程において重要な役割を果たしているのが内分泌代謝系です。その主役であるホルモンは生体の恒常性を維持するだけではなく、血流を介した調節系の中心となってこれらのプロセスを調節しています。例えば、インスリンによる糖、脂質代謝はもちろんのことですが、視床下部、下垂体をヒエラルキーの頂点として全身を統合するシステムは様々なストレスに適切に適応できる反応を引き起こします。ホルモンは微量でも強い特異的作用を発揮するので、そしてインスリンをはじめとするホルモンが、内外の環境に応じて適切な調節を受けることは極めて重要であり、その機構が破綻すると疾患が生じます。
さらに、ホルモンは身体機能だけではなく心の調節も行っていることが次々と明らかになってきました。例えばカテコラミンはFight and flight hormoneとして火事場の馬鹿力を発揮するのに必要ですし、コルチゾールは心も含めて様々なストレスを生き延びるためになくてはならないホルモンです。オキシトシンは出産、授乳に必須のホルモンですが、母子の絆、愛着を促進するとともに、人が社会を形成する上で必須の人と人との信頼感、絆を築くのに大切な役割を果たしています。
私たちは、研究を通じてこの内分泌代謝系がどのようなメカニズムで作用を発揮しているのか、どのように体と心を調節していているのか、そしてシステムの破綻によってなぜ疾患が引き起こされるのか、さらにどうすればその破綻を修理できるのかを明らかにしたいそして患者さんに還元したいと思っています。
Physician Scientist が重要な役割を果たすことのできる研究としてCase-oriented research, Disease-oriented researchそして最近ではビッグデータ研究があります。Case-oriented researchは1例の症例の病態を深く洞察することによって普遍的原理や病気の本質、発症機序に迫る研究であり、Disease-oriented researchは病気そのものをテーマにしてその病態の解明、治療の開発を目指すものです。ビッグデータ研究ではそれらの主観的な部分を排除し、まったく違う視点で俯瞰することから新たな真実を見いだすことができます。そして結果の解釈には臨床の経験と知恵を活用することができます。さらに医療学ではサイエンスに加えてアートが必要です。
私たちはそのようなアプローチから、現在の知見では病態が不明で、有効な治療法がない内分泌代謝疾患における機序の解明や治療法の開発につながればと願っています。そして常に患者さんの側に立って、これらの研究成果をできるかぎり、病み苦しんでいる患者さんにフィードバックしたいと思っています。
今、医学の勉強や、研修中の皆さんはまだ医学研究の意義や面白さを実感するのが難しいかもしれません。しかしながら多くの患者さんを診療していると教科書に記載されていないような病態に途方にくれたり、全力であらゆる治療を行っても残念ながら患者さんが亡くなって無力さを痛感することがあると思います。そのような時に問題を解決するひとつの方法が医学研究です。医学研究は、現状の医学では満足できない臨床医にとっての魂の叫びでもあります。
皆さんが現在何気なく行っている血液検査や治療法も先人たちの医学研究の結果、活用されているものなのです。そして問題意識を持って臨床をしていると、解決すべき問題はいくらでもあります。そして研究として解決するための方法も臨床研究からビッグデータ、医療学、分子生物学的手法まで様々なものがあります。そのような問題に対して答えを得るために私たちと取り組んでみませんか。問題を提起し解決することは決してたやすいことではありませんが、大変面白いやりがいのある仕事です。私たちの取り組みが例え微力ではあっても世界を少しでも良い方向に変える一助になるのです。
内分泌代謝学は身体をシステムとしてとらえる学問です。恒常性を維持するために巧妙なフィードバックシステムを構築しており、その破綻が疾患につながります。内分泌代謝疾患を理解するためにはそのシステムを包括的に理解した上で、原因についてロジックに考えるアプローチが重要です。治療は急所を見抜けば大変効果的で患者さんは非常に元気になります。そういう点で学べば学ぶほど生体の巧妙なしくみに感銘を受ける面白い学問であるとともにやりがいのある分野だと思います。私たちの診療や研究に興味を持たれた方はどうぞお気軽にご連絡下さい。
問い合わせ
私たちとともに診療、研究に情熱を持って取り組んで頂ける皆さんからのご連絡をお待ちしています。
高橋 裕
dm840 〈at〉 naramed-u.ac.jp
主な研究テーマ
- National Database(レセプトデータ)などビッグデータを利用した糖尿病・内分泌疾患コホート研究
- 下垂体、副腎レジストリを用いたコホート研究
- 内分泌代謝疾患特に下垂体・副腎疾患、糖尿病の病因・病態の解明
- 抗PIT-1下垂体炎(抗PIT-1抗体症候群)の病因・病態の解明
- 疾患iPS細胞を用いた下垂体疾患モデルの作成と病因・病態の解析
- 糖尿病治療における患者QOLの解析
- 糖尿病患者の予後改善を目指すコホート研究
- 糖尿病医療学
現在行っているレセプトビッグデータを用いたコホート研究のプロジェクト
- 2型糖尿病発症リスクにおける環境因子と遺伝因子の定量化の試み
- 2型糖尿病患者の元来の性質と情報収集行動、HbA1cとの関連
- 食習慣による2型糖尿病発症リスクの解明
- 糖尿病患者ではSGLT2阻害薬により下肢切断が増えるのか
- SGLT2阻害薬による糖尿病網膜症進展防止効果についての解析
- 1型糖尿病発症リスクにおける環境因子と遺伝因子の定量化の試み妊娠後骨粗鬆症の実態の解明
- 健診・レセプト情報連結データベースの縦断的解析による疾病予測:eGFR slopeによる透析ハイリスク患者の抽出
- クラスター解析によって明らかになった高度肥満の不均一性
- 妊娠後骨粗鬆症の疫学と糖尿病の影響の解明
- 原発性アルドステロン症における骨折リスクの解明
- 抗甲状腺薬による無顆粒球症の臨床的特徴:real worldにおけるコホート研究甲状腺眼症の疫学解析
- 自己免疫性甲状腺疾患の遺伝因子の解析
現在進行中のプロジェクト(すでに承認済み)
- 累積患者数1億4000万人のビッグデータであるNDB (National Database of Health Insurance Claims and Specific Health Checkups of Japan)を用いた希少内分泌疾患、薬剤性内分泌障害の病態の解明
- 下垂体・副腎疾患の病態解明
- 免疫チェックポイント阻害薬関連内分泌irAEの実態解明
- 新たな薬剤性内分泌障害の探索